沿革

                                
明治40年 4月 初代南太吉が大阪にて修行し、数年共同経営した後帰沢して、金沢市芳斉1-6-30 に於て鋼材、鋲螺の販売の個人経営による 金太商店を創立。
支那事変勃発後、各種物資統制実施に伴い鉄鋼統制配給会社の設立と共に、鋼材販売特約店の指名を受ける。
昭和24年 5月 資本金1,000千円で株式会社金太商店と改組、設立。
二代目南太吉社長に就任。
昭和25年   金沢市三社町に専用側線倉庫を新設。戦後の業界の復興需要に応える。
昭和33年   同地に北陸本線より北陸鉄道経由の専用側線敷設。
倉庫棟、門形走行クレーンを新設。(北都鉄工製第一号)
昭和34年   八幡製鉄(現在の新日本製鉄)の協力でH形鋼仮置倉庫の指定を受ける。
昭和42年   鋼板サービスセンターを新設して、シャーリング業務に着手。
昭和45年 7月 高岡市にて、富山営業所を開設。
昭和47年 10月 本社-営業-倉庫・輸送の三位一体体制を確立する為に現在地に本社を新築移転。
称号を株式会社金太と変更。
機材倉庫を増設し、立体自動ラック・モノパック(キトー製)設置で倉庫業務の空間活用と省力化を行う。
昭和48年 10月 輪島市にて、能登出張所を開設。
昭和61年 2月 三代目南昭武社長に就任。
平成2年 4月 富山営業所を高岡市から砺波市へ移転。
12月 松任市(現白山市)旭工業団地に旭丘鉄鋼基地完成。(3万トン収容可、場内大型トラック三車線同時通行、バンドソー10基設置)
同時に、長尺重量鋼材の立体在庫システム(コマツ製)設置で安全と省力、空間活用を行う。(国内業界では2号目)
平成3年 7月 機材倉庫を泉商品センターとして開設。
機械・金物・土木資材・二次製品のデリバリーを集約する。
平成4年 4月 能登営業所及び商品センターを奥能登の中心地穴水町に移転開設。
同時に立体在庫システム・ロールアウトスチールラック(USAスチールストレイジ社製)設置で空間活用と省力化を行う。
平成8年 4月 旭丘鉄鋼基地内に、短尺重量鋼材(6m)用のプッシュ・プル式(1000トン格納)
立体自動入出庫システムを設置し、安全・正確・迅速・品質維持・空間利用を更に推進する。(コマツ製)国内業界4号目。
平成9年 11月 富山営業所を砺波市から富山市に移設。
平成12年 6月 能登営業所を支店に昇格。
平成19年 5月 ホームページ開設。
平成19年 6月 ドイツ カルテンバッハ社 高速メタルソー稼働。
平成24年 12月 白山市旭工業団地隣接の北部工業団地に、加工専用の旭丘機械基地完成。
(ハンドソー10台、丸ノコ3台、高速メタルソー1台 他)
平成26年 11月 ISO 9001(2008)取得(鉄鋼部、旭丘鉄鋼基地、旭丘機械基地)
平成27年 7月 四代目南志郎社長に就任。
平成27年 11月 マザック三次元レーザー加工機導入。
平成28年 3月 能登支店七尾営業所開設。
平成28年 10月 マザック三次元レーザー加工機2台目導入。
富山営業所を総曲輪より赤田に移設。
平成30年 4月 富山営業所を支店に昇格。